逆境無頼カイジ シリーズ | |
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Bet.14 亡霊
伊藤開司
「落ち着け、止まる。少しこらえれば、止まる。嵐は去る、それまでがんばれ」
「無意味なんかじゃない、石田さんは祈れたじゃないか。最後の時に、自分以外の人間を心から案ずることのできた石田さんは、どんなに人間として上等か。そう、やり遂げたんだ、石田さんは立派に達した。負けなんかじゃない、むしろ立派に勝った」
「石田さんは示した、最後の最後。石田さんの意地、強さ、矜持を」
「渡る、絶対に渡る。やり遂げる。仮に死ぬことになっても、強く死ぬ。石田さんのように死ぬ。目の前の一歩が全て、この小さな一歩、ただただ積み重ねていけばいい。一歩ずつ、一歩ずつ」
「絶望的に離れ離れだ。なのに、なんだこの温もりは。胸から湧いてくる暖かさ、感謝の気持ち。佐原がただそこにいるだけで救われる。そうか、そういうことか。人間が、人間が、希望そのものだったんだ」
佐原
「助けられねえ!誰も人を救えねえんだよ!一人だ!そばに誰がいようと一切関係ねえ!助かりたかったら、自力で渡りきるしかねえ!それしか他に道はねえ!」
石田
「分かったんだよ、俺にはもう分かった。人間には2種類いる。土壇場で臆して動けなくなっちまう者と、そこで奮い立つ者と」
「カイジくんは違う。カイジくんは、できる人間。困難に相対した時、めげずに立ち向かえる人間。真の強い人間だ、カイジくんならできる!託せる!」
中山
「なんで、なんでこんなことに!やめればよかった!こんな、バカなこと!金なんかいらない!俺は!生きたい!生きたい!生きたい!生きたい!生きたい!生きたい!」
利根川幸雄
「ずれた命乞いだ。ギブアップ?真剣勝負にそんなものあるか、ばかものが。病気だな。……どんな事態に至ろうと、とことん真剣になれないという病だ。命懸けの勝負、敗北は死、と伝えているのにギブアップできると考える。つまり真剣ではないのだ。この絶体絶命の橋ですら、真剣になれぬ戯言。架空の勝負、本当ではない。通常、生涯やつらはその空想から目覚めない。つまらない毎日を送り、日々を無駄に塗り潰し、いくつになろうと言い続けるのだ。自分の人生の本番はまだ先なんだと。本当の俺を使ってないから、今はこの程度なのだと、そう言い続け、言い続け、老いて、死ぬ!その間際、ようやく気付く。今まで生きてきた全てが丸ごと本物だったことを。人は仮になど生きてはいないし、仮に死ぬこともできぬ。当然だ、問題はその当然に気付いているかどうか。真に覚醒しているかどうかだ。そう考えれば、この橋は荒療治だがやつらが生まれ変わる良いきっかけかもしれんぞ。この修羅、死と相対した本当の生を突破できれば、目覚めるかも。頭の霧が晴れる、再生の扉が開く!……最も、突破できればだがな」
ナレーション
「思い返せば、なんという孤独なレース。周りに何人いようが、決して支え合ったりできない。しかし、よくよく考えれば、それはこの橋に限らない。いつだって、人はその心は孤立している。心は誰にも理解されない、伝わらない、だから、誰もが理解と愛情を求めて、求めて、求め続けているが。結局、近付けない。孤独な一本道を行く世界の66億の民。天空を行く、一人一人66億の孤独。手は届かない、遥か遠く離れている。できることは通信。それはあまりにか細く、真の理解とは程遠いかもしれない。しかし、生きている者に息遣いはわずかに、だが、確かに伝わる」
Bet.15 天空
伊藤開司
「やつらのあの笑い、あの好奇心は、単なる死の見物じゃない。なんというか、もうすこし別の何か、人のみすら愚かさや不幸、助かる道があるのに、その道を選べない、そんな人間をあざ笑う、そういう種類の残忍さ。つまり、何かある!生き残り方、抜け道。何か……何か!」
「結局、今の俺のようにゴールを失って、立ち往生。どうしたものかと、途方に暮れなければ気がつかない。つまり、一度失望した者にしか見えない、そんな救い」
「しかし、やるしかない!俺には今、他に選択肢など、無いっ!」
兵藤和尊
「この地上は、苦しみのたうつ怨嗟の声であふれておる。10人100人のうめきが、一人の豊かな生活を支えておる。それがこの世の仕組み。わしはその現実を認識し、常に自らに言い聞かせておる。どんなことがあろうと、絶対に人は助けん、とな」
「人はな、目の前のわずかな金のために相当なことには耐えられるのだ。その特性を金持ちは利用し、生涯かしずかれ安楽に暮らす。王は一人で王になるわけではない。金などいらぬと、貧しき者どもが結束して反抗すれば、王もまた消えるのだ。しかし貧乏人が王になろうと金を求め、逆に今いる王の存在をより盤石にする。そういう不毛なパラドックスから出られない。金を欲している以上、王は倒せぬ。縛られ続ける。王も暴動が起きぬように、みなそこそこ豊かな気分でいられるよう、注意しておる。実際はどんなにこき使っていようともな」
Bet.16 怒髪
伊藤開司
「土下座しろ!自信あるんだろ、羊には負けない。絶対負けないって自信が!だったら、俺が2000万勝ったら土下座して詫びろ!俺に!死んで逝った石田さんたちに!」
利根川幸雄
「このEカードでは奴隷は王を討つ、そう設定してある。3すくみの関係、無論実際には皇帝を討つ解消のある奴隷なんて存在しない。人間はそう簡単に捨て身になどなれぬ」
「結局、現在の苦境はおまえの甘さが招いたという。全て自業自得だがな」
「なめてなどいない、熟知してるだけだ。人間の無力について、第一2000万勝つってことは、これは相当勝ちこむってことだ。このEカードは心理戦。おまえのような小僧がやすやすと勝てるゲームではない」
「所詮、おまえは羊なのだ。狼のフリをするな!」
Bet.17 会話
伊藤開司
「男がいったん口にした張りを、そうひょいひょい変えられるか!ほっとけ!」
「自分の心の主導権は自分でもつ!なら、2だ!意地をはってでも」
「躊躇、勇気、欲望、恐れ、……恐れ?……そうだ、恐れ。これだ!」
利根川幸雄
「もちろん私は超能力者ではない。だが、それに近いことはできる。経験によってなあ。私はそれこそ10年20年と見続けてきた生き死に関わる人間の姿をな。人生のどん詰まりで彼らが何を考え、何を望むか、その心の揺れが身体のどの部分に反応として現れるかを見てきた。だからこのEカードも1、2回見ただけで相手がどのタイプに属する人間か、おおよそ検討がついてしまう。君も例外ではない、その性質や癖、今やすでにこの手の中。残りの9戦、君はこの中でもがくだけ」
「ここで10張るようなやつは、話にならんとな。そんな輩はただの怖い者知らず、退くべきところは退く。それが我々のいうところのつわものだ」
「勝算もなく、流れが相手に傾いている今、張りは限界までおとすべき。なのに、君は2を張るという、この余分な1がカイジくんの心の贅肉、見栄というものだ。死ぬぞ、その見栄があとあとカイジくんの首を絞める!」
「今までにあったかね、これほど必死に人の心を真実を知ろうとしたことが。これが本当の会話だ。……そう、このEカードは相手の心理真実の心を突き止めるゲーム。混じりっけなし、心と心の会話だ。この会話の純粋さに比べれば、日常、友人との会話などそれがいかに真剣な相談事であろうと、打ち明け話であろうと、所詮はその場限りの魂の無い会話に過ぎん。だが今はどうだ?君は真剣に私の心を図ろうとしている。無論、私もだ。この圧倒的会話の濃度。日常では味わえまい。しかも聴力を賭けているとなれば、必死にならざるを得ない。おもしろくないわけがなかろう、震えるほどに味わえる勝負の愉悦、醍醐味を」
Bet.18 翻弄
伊藤開司
「恐れ?……そうだ、恐れだ。見えた、一筋の光明。恐れ、それだけは利根川にも絶対あるはず、無いはずがない。何故なら、これはギャンブル」
利根川幸雄
「しかし、ビギナーはすぐそれを手にしようとする。いや、掴んだような気になり、掲げたがるのだ、確信めいたモノを。そんんな確信は付け焼刃。しかし本人にとっては、大変な閃きに感じられ、あっさりそれに沿おうとする。疑い続けること、不安であり続けることがギャンブルで生き残るために最も必要な心構えなのに、素人ほどすぐそれを捨てる。カイジくんが考えて辿り着いた地点は、まだまだ理屈の領域に過ぎん。それではダメだ、肝心なのはその先。理屈の上にのって蠢く互いの感情だ。……そうだ、カイジくんは理屈で止まり、感情へは踏み込まない、それでは勝てぬ。勝てるはずがない。逆にこちらから見たカイジくんの感情は丸見えだ。楽すぎる勝負、いや唯一苦労した点といえば、カイジくんが私に期待した反応をつつがなくして見せることくらい。……つまり悩んでるフリをすることに、正直一番骨を折った」
「このEカードは心理戦。そうカイジくんは考えているようだが、実は違う。そんなことよりはるかに勝利に近づく道がある。それは見る力。……相手が動揺してるかどうかを見抜く、単純で直接的な人を観察する能力。つまり、皇帝側は皇帝。奴隷側は奴隷。この勝負カードを出した時の相手の心の振りを観察する力が問われている」
「ようするに告白してるんだ、口に出さねど身体中で。隠しきれない、感情は決して隠し切れるものではない」
ナレーション
「ギャンブルとは、リスクを背負うこと、恐れを抱くこと」
「人というのは感情の器。常に、満々とした水。ゆらゆらとした感情をたたえている。その感情は、ちょっとした心の動きで、たやすく溢れる。器が小さいほどいびつな程、感情は溢れやすい。そしてそれはすぐにどうにかなるものではない」
Bet.19 限界
伊藤開司
「目と耳かという選択からしてそう、この選ばせるという行為が疑いを消す。演出する、偽りの公正感を。あの時計も巧妙、5分間と時間を制限することで、時計を見るという行為の不自然さを消す。この2つの道具の疑わしささえ払拭できれば、あとは利根川の舌先三寸の弁舌で、後だしの時に必ず勝つ、不自然さを、カモフラージュすればいい。そう考えると勝負を12戦までと定めたのもうまい。これくらいなら気付かれることなく、騙しおおせる。そんな絶妙な回数、汚い、汚い、汚い!許し難い行為!」
「いや、できるかどうかじゃない!やるんだ!このEカードで俺が初めて掴んだ勝機らしい勝機じゃないか!やらなくてどうする!勝つために生きなくてどうする!」
「これは天の声なんだ!11、12戦と勝てば、2000万に到達するという符号も、おまえが今ここに来たことも!天が俺に勝てという合図、啓示。死んだ石田さんや佐原が俺に仇をとれ!利根川を倒せ、と言ってるんだ!やる、やるんだ!俺は勝たなければならないっ!」
ナレーション
「その時!ひらめく!圧倒的ひらめき」
「黒服の声すら届かない、それほどの閃光がカイジの脳を刺す、ひらめく!……悪魔を殺す悪魔的奇手!利根川殺し。」
Bet.20 鬼神
伊藤開司
「ヘンでいい、ヘンでなきゃダメだ。逸脱してなきゃ悪魔を殺せない!利根川を倒せない。常軌を逸してこそ開かれる、勝ちへの道が」
「倒す、おまえだけはな」
「言ってたよな、おまえ。奴隷は持たざる者。猶予の無い虐げられし者。しかしその何も持たないどうしようもない奴隷だからこそ、王を討つと!……これが、俺と仲間のギリギリ、最後の声!死の淵での最後の意地!受け取れっ!」
「俺は、チャンスを、自ら閉じてるんだ。俺の限界はここ、ここ止まりと。他の誰でもない、俺が、俺自身が見限ってるんだ!自分のその可能性を!区切ってる!できることと、できないことに!だめだ!何をしてる!俺は!区切るなよ!……死んだみんなのためにも、前だ!もっと前に行くんだ!超えろ!恐れを!躊躇を!疑心を!押しのけていけ!幸い、敵は今、心を緩めている、チャンスだ。さあ行け!もう一度漕ぎ出せ!勝負の、大海へ!勝つんだ!もう一度!」
「もう一度、生き死にの博打!」
利根川幸雄
「もし奴隷なら、こんな稚拙な誘導にも必ず身体は反応する。反応してはまずいと思っても反応してしまうのだ。それが人間の身体、生理。ならばこっちだ」
兵藤和尊
「大詰めで弱い人間は信用できぬわ。つまり、それは管理はできても、勝負ができぬ男。平常時の仕事は無難にこなしても、緊急時にはクソの役にもたたん、ということだ。ピンチは凌げず、チャンスは逃す。とても人の上に立つ器ではないわ。利根川、はげたなおまえの化けの皮。二流だ、所詮おまえは指示待ち人間」
ナレーション
「この血痕が、思いもかけずカイジに与える。あるひらめき!戦略!」
「直感する!雷光に打たれたかのように、1110万止まり。勝つ道を掴みながら、臆すしてそれを手放すようでは、まさに今得ているこの1110万、これがリミット。自分には生涯これ以上の金を掴めないかもしれない、という予感!直感!」
Bet.21 心血
伊藤開司
「死ね!死んでもいい、自分を捨て、いけ!運命の1枚!」
利根川幸雄
「盛ったな、この勝負に毒を。間違いなく罠をしかけた、このガキ。何か策をうち、その上で待っている。わしの失策、うかつな決断を」
「見かけによらず、この男。人を騙し喰らう蛇よ。勝つためには手段を選ばぬ卑劣な輩。もの言わず近づいて、背後から刺す外道、冷血。ということは、あの血痕は故意に残したもの。奴の戦略、罠、血をふき取った後に改めて付けた目くらましか。いや、あくまで血は拭き残したように見せなければならん。片手しか自由のきかん奴がヘタに小細工の動きをすれば、わしが見逃すわけがない。やはりあの時の拭き残し、そうか!あの時すでにカードがすり替わっていたのか。わしが会長の話に気をとられている隙に。やつは手の中に市民カードを仕込み、テーブルの上の奴隷カートとすり替えた、出血はそのあと。あの時、血がついたカードは市民と奴隷ではなく、2枚とも市民。こいつ、こんなとんでもないトリックを。この土壇場でぬけぬけと!なるほど、さすがはエスポワールや橋で生き残っただけのことはある、つわものだ。しかし、残念ながらわしには一歩届かなったようだな」
「惜しいなカイジ。おまえの盛った毒はもれたぞ。なかなか見事な盛り方だったが、服毒には至らず、わしは回避した」
兵藤和尊
「実に素晴らしい。命は一つしかない。だから、大切にせよと、みんな言う。親も教師も、テレビにでてくる見識者とかいう輩。はてはミュージシャンまでもが言う。命は大切にせよと、のう。だからダメなのだ。命はもっと粗末に扱うべきなのだ。命というやつは、丁寧に扱いすぎると澱み、腐る。ああ最近の輩は、みな己を大事にしすぎて、結果、チャンスを掴むこともなく、ズルズルと腐っていく。その点カイジくんは素晴らしい。わしが見込んだ男だ、やはり。なあ、命の使いどころというモノを心得ておる!……まさしく、君が言う通り、今は掴むか死ぬかの時なのだ」
「雑魚にはわからん、ただ生きたいだけの雑魚にはなあ」
Bet.22 執行
伊藤開司
「利根川、俺が蛇に見えたか。……そうか、ならおまえが蛇なんだ。こんなモノ言わぬカードの心理戦は鏡を覗き込むようなもの。相手の心を読んでるつもりが、自分ならどうするか、という自己への問いかけとなり、気づけば、ただ自分の心をなぞっているだけ。つまり、俺が蛇に見えたおまえこそ蛇なんだ」
「蛇でいてくれて、ありがとう。疑ってくれて、ありがとう」
「簡単さ。俺は信頼したんだ。……そうさ、そこの会長がどう毒づこうと、俺はあんたをかっている。優秀だ、それもとびっきり。そんな男がまずこの血に気づかないはずがない、気づくさ、優秀なんだから。気づいたら、その血をそのまま単純に信じたりしない。必ず洞察する、見抜く、こちらの作為を。優秀なんだから。優秀だから気付いたのちに、疑うんだ。そしてその洞察はきっと届く、すり替えのチャンスがあったことに。そこに辿り着けば、俺の疑わしい動きにも気づき、ほくそえむ、このバカめと。そうなれば、もう自分の勝ちを疑わない。そりゃそうだ、なんせ今自分が相手にしてるのはクズ!ゴミ!劣等!優秀な自分がまさか敗れるなんて思わない。驕る、驕るさ、優秀だから。ここまでクズを寄せ付けず、勝ち続けてきたんだから!」
「金は半分。俺は金だけでなく、なんというか、倒したかったんだ、敵を。つまり、できることならその金をもう一度全てを賭けて、あの男と!」
兵藤和尊
「わしは身に染みているのだ。土下座の無意味さについて、腹の底からな。わしは困ってる人間に拝み倒されると、見捨てることができず、次々に金を貸し続けてきたのだ。助けてやりたくてのう、だが結果煮え湯を飲まされ続けてきた。お互いの同意の上で契約したにも関わらず、いざ返す段になると、平然とふみ倒してくる。無論、表面上はすまなそうな顔をして、床に額をこすりつけはするが、どうしてこれほど謝っているのに、こいつは許してくれないのか、などと心中こちらを非難冷血漢呼ばわりしてくるのだ。ひどい話だとは思わないか?当然そんな連中の詫びに誠意があるはずもない。第一、借金における誠意なんてこれはもう誰が考えたって、一つしかないんだ。すなわち、何をしてもいいから期日までに金を返すことだけ。それ以外に誠意などない。そう、金を返さない時点でやつらの誠意なんてものはない」
「本来できるはずなのだ、本当にすまないという気持ちで胸がいっぱいなら、どこであれ土下座ができる。たとえそれが肉焦がし骨焼く鉄板の上でもな。それでこそ誠意というもの」
ナレーション
「奴隷は、二度刺す!」
Bet.23 邪道
伊藤開司
「なんとしても勝たなきゃいけない勝負に、イカサマもくそもあるか!第一、向こうだってやってたことだろう!とる!……この耳の仇は、……きっちりと!」
「こいつは部下の失態や敗北には苛烈!あんな拷問も辞さないくせに、それが自分の番になりそうになると、巧妙に手のひらを返し誤魔化してるだけだ!卑劣!最高に醜悪な男!こんな、こんな男に比べれば死んで逝った仲間、あるいは最後に意地を見せた利根川のほうがはるかに上だ!」
Bet.24 条件
伊藤開司
「いけ!怖いのはやつが一回目に当たりを引いてしまうこと。ありえないことじゃないが、限りなくゼロに近い確率。そんな分さえなければ、勝てる!勝てるんだ!」
「ゴーだ!俺は、指を賭けるっ!」
男(11番)
「今、カイジさんは賢明に積み上げている、必勝のための仕組み。鬼を殺す策略のかけらを。顔を伏し、ゆっくりと、しかし確実に積み上げている。勝つことは偶然じゃない、勝つ者は勝つべくして勝っているんだ。勝つ道、勝つ力をきづかず戦えば、負けて当然。勝つってことは、もっと具体的な行為の延長戦にある。そういう意識を俺は持っていなかった。カイジさんは違う、カイジさんは!」
「完璧だ、凄みさえ感じる。勝つ人間とはこれほどまでに用意周到に考え尽くしてるのか」
兵藤和尊
「自覚しておる、わしの脳はすでに焼かれておる。常軌などというものはとうに失せておる。普通の凡庸な刺激では燃えん」
「カイジくんがここまで勝ち残ってきた勇者。クズとは格が違う、そこに敬意を表して破格の値をつけよう」
ナレーション
「捻じ曲がる、捻じ曲がる、世界を捻じ曲げるほどの強力な磁場を放つ金!空間を、人の心を、捻じ曲げ、吸い寄せる魔物!金!最も危険で、最も甘美な魔物!……1億!圧倒的な金!それが目の前、捕めば届くところにある!」
「ただし!負ければ持っていかれる、この指、根元から4本!」
Bet.25 蒼白
伊藤開司
「もうこりごりさ、こんな地獄巡りはもうこりごり。俺はもしここで勝ったら、きっちり足を洗う。だから、これが最後。本当に最後のギャンブル。もう生還する!俺は生還する!終わらない悪夢から!」
「勝てば再生。全てが報われる」
「神よっ!神よ!俺を祝福しろ!救え!救うんだ!」
兵藤和尊
「とんだぞ、眠気が。おかげで覚醒した。ああ踊る、このおいぼれの細胞が躍る、脳を、βエンドルフィンが駆け巡る、活性化する、ありがたい、ありがたい。これぞ長寿の秘訣!」
「狂気の沙汰、考えてみればつくづく狂気の沙汰。そうは思わんか?吹けば飛ぶような、そんな紙屑、即席のそんな紙くじにかたや1億。かたや指4本と2000万を、賭けようというのだ。間違いなく常軌を逸しておる」
「しかし、快感は本当のめくるめく快感は、常軌を逸するからこそ辿り着ける」
「死の際の生は、苦しくとも充実し、またそこからの生還はこの世のモノとは思えぬほど甘美。圧倒的至福!その快感にもうカイジくんも脳は焼かれた。おそらくこれからのカイジくんの人生はその快感を追い続ける人生になる。そういう意味では仮にここで1億を手にしても、いずれその快感に身を任せ、ギャンブルの闇に消える金。それがジャンキーのさが」
「二度はいかんな、わしのような王に二度ひかせてはいかん、二度もチャンスを与えられては引きたくなくても、引いてしまうではないか」
Bet.26 残光
伊藤開司
「おまえのような悪党がひけるものか。ひけない!いや、ひいちゃいけないんだ、神に慈悲があるならこんな悪党より俺だ!俺を救うべきだ!俺を!」
「失う、失ってしまう、この指を。動く、今は動くがそれもあと少し。……まじかよ、本当のことかよ、これ。いやだ、助かりたい、本当は助かりたい」
「違う。しちゃいけないんだ、さらに自分を貶めてどうする。この男は間違っても許したりはしない。分かってるじゃないか。なら、命乞いなどするな!耐えろ!胸をはれ!手痛く負けた時こそ、胸を!」
「いいんだ、俺は負けたんだ。受け入れる、負けを!」
「兵頭……兵頭!その名前……忘れない!」
「受け止めるんだ、この痛み。この恐ろしさを。目はつぶらない!つぶらない!」
「ふし穴か、俺は!俺は今まで何を見ていたんだ!」
「そうなれば俺の勝ち!勝ちだったんだ。なのに、あの時俺は…………あろうことか、祈ってしまった。何も考えずに、神頼み。俺を救ってくれ、俺を助けてくれだと、もう自分以外頼るものなど無いと、骨身に染みて知っていたはずなのに、俺は……」
兵藤和尊
「二度もチャンスを与えられては、引きたくなくても引いてしまう。わしはそういう星のもと、勝って、勝って、勝って、勝って、勝ちまくる。そういう星のもとに生まれておる。所詮、凡人であるカイジくんなどとは運の容量が違う。よって、常識が違う、わしのように運に寵愛されし者にとって幸運はもう日常。実をいうなら、1回目にひくこともできた。わしの運をもってすればな」
「この一度の不運がすでに致命的なのだ」
「しかし、この紙屑には王の強運が染みついておる。もしその強運をカイジくんが自分の物として、のちの人生に活かせたなら、ゆくゆくは巨万の富を築き上げるかもしれん」
「これが王の道だ。勝つべくして勝つのが王の道。カイジくん、王は負けん。負ける戦はせんものよ」