雨を告げる漂流団地
熊谷航祐
「60年くらい前、この団地、鴨の宮団地は出来た。オバケ団地って言われたりするけど、これでもうちだ。俺と夏芽の、大切な我が家だった」
「のっぽ。おまえが知ってること全部教えてくれ。この団地は沈んでる。街にも着かない。もうどうすりゃいいか、方法はないのかよ?!」
「そんなこと言うなよ!だからってお前まで死ぬことねえんだ!グチグチすんのも、いいかげんにしろ!」
「このまま帰っても、あいつがいない」
「待てって。なんでそっちに行くんだよ!おまえ一緒に帰ろうって言ったじゃん!夏芽!」
「こんなのやだ、こんなんで帰れるかよ。俺が絶対あいつを、あのバカに絶対」
「俺はやっぱりこんなオンボロ団地嫌いなんだよ!お前隠れて泣いてたのに、知らねえフリしこと思い出すし!そういう俺を殴ってやりたくなるし! だし、俺んちとおまえは関係ねえとか言っちゃって、関係大ありじゃん!おまえは土足で上がってねえんだって!ここは立派なおまえんちだよ。でももう捨てかなくちゃいけねえんだよ!だって、おまえと一緒に帰れねえじゃん!のっぽなんかより俺の方がな!夏芽と一緒にいたいんだよ!」
「おい、のっぽ。おまえも一緒に帰るんだからな。分かったな?俺たちでこの嵐を抜けるぞ!」
「あの団地であったことは本当なんだ。今みたいに夏芽と話せてるのは、あんなことがあったからなんだ」
「じいちゃん、俺たちのうちはすげえうちだったんだよ。だから夏芽とも……」
兎内夏芽
「のっぽくんのせいなんかじゃないって。それに今まで一緒に暮らしてきた、同じ仲間なのに」
「そうだよね、航祐のおじいちゃんなんだし、私の……」
「私が小っちゃいときね、安じいが買ってくれた子。あのときずっと欲しくて、でもなんか我慢してたんだ。どこで知ったんだか、誕生日に買ってきてくれて、安じいはいつも私を驚かそうとしてさ。だから宝ものだよ」
「私にとって、お父さん代わり…だったのかな。うわ、人んちのおじいちゃんなのに。ちょっと気持ち悪い……よね」
「ここ、嫌いだった。誕生日プレゼント買いに来たんだけど、お母さんたちがここでケンカしちゃって、結局なんにも買ってもらえなかったな。もう忘れてたけど」
「私は、本当は泣き虫だよ。知ってるでしょ?うちの家族は大変だったからさ、私泣いてばっかだったもん。でもさ、泣いても泣いても、なんにもならなくて、全部バラバラのままで、だからあのときはもう何にも欲しがらないようにしてた。そのほうが楽なのかなって。でもね、団地に来ることになって、安じいが受け入れてくれて、やっぱり嬉しかったんだと思う。だってこっちの方が本当の家族っぽいのかなって、思ったくらいだもん。それに、どんなことでも話せて、泣いてもよかったから。こんなにうれしいことなんだって。けど安じいはもう死んじゃった……団地もなくなって、またバラバラになっちゃった。お別れなんてもうイヤって思えば思うほど、苦しくなっちゃって。けど、そんなことお母さんに言ったって、どうしようもないことじゃん。だからここに来るしかなかったんだよ、ごめんね。航祐にも迷惑かけたくなかったのに、私がグチグチ考えてるのが悪いんだ」
「その子はね、安じいがくれたとき、ほんとは好きじゃなかった。だって、イヤなこと思い出すし、でもね航祐と遊ぶとき、この子はいつも一緒だったから、だから私の宝物になったんだよ。航祐のおかげだよ。ううん、それだけじゃない、一緒に学校行って、一緒にサッカーして、全部楽しかった。それだけでも私は航祐と一緒でよかったなあって」
「のっぽくんは、私たちとずっと一緒にいたんだよ。今だけじゃない、ずっとずっと前から私たちと一緒だったんだよ? そんなの…ほっとけるわけないよ」
「一緒に帰れないなら、私はここから出たくない!」
「よくない!ほっとけるわけないじゃん!まだ方法はあるから!それに、きっとこの嵐だって抜けられるよ。絶対一緒に帰れるよ!」
「ごめんね、航祐。私だって航祐と一緒にいたい、帰りたいよ!でも、でもこんなんじゃ……」
「お別れだね」
「私は大丈夫だって!航祐と一緒に頑張るから!」
「バイバイ」
「もう出前ダメね。一緒にごはん作ろ、お母さん」
のっぽくん
「僕はこの団地にずっといる。……この団地が出来たときから。たくさんの人がここに来て、赤ちゃんが生まれて、いつも子供たちがいっぱいで、でもみんないなくなっていって、ずっと見てきた」
「僕は、僕は自分のことしか分からない」
「夏芽は安じいが大好きなんだね」
「僕は、誰もいなくなったはずのこの団地で、独りぼっちでいた夏芽のことがどうしても放っておけなかった。それに航祐のことも」
「僕は今までここで君たちをずっと見守ってきた。僕はこの団地と一緒なんだ。僕の居場所はここしかないから。君たちともずっと一緒だったんだ。2人がここで本当に楽しそうに笑っていた姿が、どうしても忘れられなかった。2人がいなくなって分かったんだ、僕は君たちの笑顔が、本当に好きだったんだと思う。だから、この海はきっと僕だけが来るはずの場所だったんだよ。僕が……君たちを連れてきてしまったんだと思う」
「イカダで、早くここを出たほうがいい。僕のことはもういいから……」
「僕はこのまま行くよ、だからごめん」
「僕はただ、夏芽に笑っていてほしかった。それだけなのに、なのに、こんなことに……」
「僕がこの子たちを引き止めたから、こんなことになってしまったんだ。もうあの頃に戻れなくたっていい、僕のことなんてどうなったっていい。だけどこの子たちは、夏芽と航祐は生きてるんだ!生きて、笑ってほしいんだー!」
「分かったんだ。僕とあの子たちは一緒だよ。ここは僕らが帰る場所なんだ。僕らと来れば、君たちは戻れなくなる。だから一緒には行けないんだ、ごめんよ」
橘譲
「お、俺は令衣菜の言うことも分かるけど、でも!のっぽを置いて俺たちだけで帰れても、そんなの、そんなのやだよ、ひどいよ」
小祝太志
「俺、やっぱり怖くないかも。のっぽってデカいけどたぶんいいやつだよ!」
「珠理、令衣菜。マジでありがとう」
羽馬令依菜
「珠理。絶対一緒に帰ろ。んで、フロリダ連れてってあげる」
「珠理。もう、死んじゃったのかと思ったんだからね!」
「八島は、パパに初めて連れてきてもらった遊園地なの。この観覧車も何度も何度も乗った、……大好きだったの」
「ありがとう、ありがとう!」
安藤珠理
「令依菜ちゃん!そういうこと言っちゃダメ!」
「私、怖いのは苦手。だけど、のっぽくんは優しい目をしてるもん。のっぽくんは悪い子じゃないよ」
「同じじゃないかな?夏芽ちゃんにとっては、ここが思い出の詰まった大切な場所なんだと思うよ」
「私、令衣菜ちゃんに謝りたいの。私、口ばっかりでしょ?ズカズカ行動できる令衣菜ちゃんに隠れてばっかでさ。……いろいろ言ってごめんね、私、もっと頑張る」
「そうだね、今は仲間割れするのが一番ダメだよ」
「みんなで熊谷くんたちを助けよう!」
観覧車の少女
「あなたのこと、覚えてるわ。お父さんとよく来てたでしょ?」
「このワイヤーは、ゴンドラを通ってあの団地につながってる。もし離したらあの子たちを助けられないわ!」
「あなた、本当にパパッ子で甘えんぼさんだったけれど、よく頑張ったわね」
「いっぱい遊んでくれて、愛してくれてありがとう」
兎内里子
「いいんだよ!ごめんね、たくさん甘えていいんだからね」
「おかえりなさい、夏芽」
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