第壱話 春の舞
花葉雛菊
「するよ。さくらを手放さないためなら、なんでもする。春も咲かす、雪も解かすよ」
「雛菊、春の代行者のしごと、します」
「迷子…じゃないかな?子どもはね、守ってあげたいの」
「春……知りませんか?」
「春はね、季節のひとつ。今は夏秋冬の三つ。だけど本当はね、四つなの」
「でもね、少し訂正。雛菊は神様じゃありません。力は授けられてるの。代行者として季節を届けるために、春の力は『生命促進』。神秘の力はあります。でもそれは預けられてるだけ。こういうことできる以外、ふつうの人と同じ、かわりません。あくまで代行者。春夏秋冬をつかさどる代行者、です」
「ごめんね、さくら。もう気にしなくていいんだよ」
「さくら……今の雛菊は一緒でしょ? だから、だいじょうぶだよ」
「あのね、ないしょだけど教えます。雛菊ね、『耐え忍び戦機を待つ』をしてたの。これはね、雛菊のしりあいのお母さまに言われたことで、今は負けていてもあきらめてはダメ。戦うこと、できる日を待つこと。困難がおきても冬眠する動物たちみたく、たえて、たえて、たえるの。けして投げ出さないで生きていれば、かならずいつかは、春がくる、から」
「そう、なのかな……でも、みんなに迷惑かけたぶん、これからすごく頑張るから、雛菊のこと、みててね」
「本当にいたね、雛菊、必要なひと」
「ご安心くださいませ。春の顕現、みごと果たしてみせましょう」
「春がくると、雪はとけるの。雪かきは必要なくなります。お母さんね、寒くなくなるんだよ」
「でも、ひみつ……ね?本当はね、あんまり見せちゃいけないの」
「お粗末さまで、ございました。春は無事、ここにいます」
姫鷹さくら
「あなた様は、花葉雛菊様。この国の、春の代行者なのですから」
「いきます、必ず。自分がお約束します」
「御身は、さくらを手放さないためなら、なんでもしてくださるのでしょう?そうお約束された」
「大切なのは雛菊様が、自信を持って儀式に臨めること。たとえこの身を犠牲にしてでも。『族』から守り抜いて」
「ダメですよ!護衛なしになど、させられません!」
「しますよ、一生します。過去に戻れるなら、あの時の自分を殺してやりたい。殺してやりたい!殺してやりたい!」
「さくらは雛菊様の守り刀です。御身のなすべきこと、なされたいことを助けなくては。特例ではありますが、このエビ娘に付き添いましょう。そうされたいのですよね?」
「雛菊様、あれは知らないのです。御身がいない10年、なずなは春を知らずに生きてきました。あれこそきっと、きっと、我々がすることを必要としている民です」
「代行者はみだりに力を使ってはなりません。しかし幼き民の悲しみを憂い、ここで儀式を行うことくらい、四季はお許しになられるはず。そして、ここにあらせられるは春の代行者、花葉雛菊様。お願いいたします、雛菊様。この国に春を。いざやいざや桜見物といたしましょう」
「なずな、これが…これが春だ。どうだ、すばらしいだろう?」
「おまえのような者のために、雛菊様は頑張ってきたんだ。自分じゃない、ほかの誰かのために。どうしようもなく、つらくて、それでも頑張ってきた。今、それが報われて、春が来て、おまえが喜んでくれたのがうれしい」
「なずな、誇れ。今は寂しくとも、おまえは世界に愛されているぞ」
なずな
「意地悪しないでよ、なずな、大人嫌い、意地悪だもん」
「この下にね、お母さんが寝てるの。寒いとかわいそうだから」
「うちの窓からここが見えるの。毎日、毎日、見るの、見ちゃうの。夏はよかった、お花がきれいで寂しくなさそう。秋はよかった、紅葉がお布団になってくれるから。でも冬はね、お母さん、寒いんじゃないかって。もし、そうじゃなくてもしたいの。それってダメなことかな」
「お父さんもそう言うよ。お母さんはどこにもいないんだって、そんなことしても意味ないから、やめろって。でもお母さんはここにいる!だから意味ある!おかしくない!変なことじゃない……」
「知ってる、これ、知ってた。なずな、春、見たことある。…………どうして忘れてたのかな。大事な思い出なのに、なんで覚えていられないんだろう。お父さんに見せてあげたいな、あったかいな」
「うん、なずな、うれしいよ」
第弐話 名残雪
花葉雛菊
「春に しちゃったし、かわいそう。だから、つかまってあげようか?」
「うん、できる、よ。誰が、何を、言おうと」
「だって、さくら守ってくれる。もう離れない」
(回想)「もう誰も傷つけないで。代わりに私が……お願い!」
(回想)「狼星様、ありがとう。氷の花をくれてありがとう、死なないで、生きてくれますか?」
姫鷹さくら
「後悔されていませんか? 10年前、あなたは誘拐されて、この国から春が消えていた。そして今になっての帰還です。いやがおうでも注目を浴び、事情を知りもしない者たちがひどい言葉を振りかざす、きっと私たちは今より傷つくでしょう。それでも耐えられますか? 耐えてくれますか?」
(回想)「私は従者です。命に代えても雛菊様をお守りするべきでした。なのに、生き残ってしまった」
(回想)「ウソですよね、凍蝶様。雛菊様を、私を、……助けるって、言ってくれたじゃないですか!」
寒椿狼星
(幼少期/回想)「助けに来たぞ、もう大丈夫だ。 それは言いたかった言葉。言えないままの言葉、あの時、俺が死ねばよかったのに」
「俺たちを殺すか利用するかしか頭にない連中の主義主張なんぞ、まともに理解しようとするだけムダだ」
「代行者専門のテロリスト集団、それが『賊』だ。それ以上でもそれ以下でもない。そんなヤツらがこの世界にはごまんといて、代行者は絶えず襲われる。理不尽極まりないが、それが俺たちにとっての現実だ」
「笑えるよ、現人神なんだと持ち上げられても、賊からは狙われ、国には縛りつけられ、花見ひとつ自由にならない。あいつが戻ってきたのを、あいつの春を感じたい、ただ、それだけなのに」
(回想)「10年前のあのとき、俺が死ねばよかったのに」
(回想)「探すぞ、凍蝶。里の助けがなくとも、俺たちだけでも!」
「目の前に助けられる命がある、今なら救える。おまえなら、その意味が分かるだろう」
「本当はあいつに言いたかった『助けに来たぞ、もう大丈夫だ』と。俺の手で助け出したかった。けれど」
「あいつは戻ってきたんだ、春にふさわしい振る舞いをしなければ、本当はあいつに言いたかったけれど、いつか言えたらと願っていたけれど……」
「助けに来たぞ、もう大丈夫だ」
「だから、そういうのはさくらに言え」
「雛菊。おまえはどこにでもいるな、俺が恋い焦がれるから、どこにでも現れる」
寒月凍蝶
「そうだ。冬の陣営は四季の中でも、特に襲撃が多い、覚悟してくれ。特定の季節に恨みを抱いて、代行者の持つ力を狙って、理由はさまざまだが……」
「バカを言うな!無視して強行すれば、おまえの立場を悪くする。焦るな、狼星。何度言えば分かる、私はおまえが大事なんだ」
「あのとき、命に代えても雛菊様をお守りするべきだった。そうすれば狼星も、さくらも、なのに……守れなかったんだ。さくら、まだ私が憎いか?」
「時間はかかったが、あいつらの力添えのおかげだ。彼らは皆、10年前の襲撃を生き残った者たちだ。あのとき、俺たちと同じく雛菊様に救われた。春の帰りを喜んでいるのはおまえだけじゃない。おまえと一緒に春が見たいんだよ。行くぞ、狼星。おまえが望むなら、どこへだって連れていってやる」
「代行者の神通力は季節をもたらすためのもの。四季条例によって、護身以外での個人的な使用は認められていない。分かっているだろう!」
「おまえはヒーローじゃない、四季の代行者だ。この人だかりで能力を使用し、身分が明らかになればどうなる?どこへ行くにも危険が跳ね上がるぞ。今以上におまえの行動も制限される」
「言っただろう。おまえが望むならどこへだって連れていってやる。私はおまえのために生きてるんだ。何度でも言う、狼星。私はおまえが一番大事なんだ」
「大丈夫だ、狼星。いつかきっと雛菊様のこともなんとかなる」
「責任はとるさ、生涯かけておまえを守る」
「あれは見事だったぞ、雛菊様のもたらした春を汚さないように、ああしたのだろう?……いい、春景色だった」
石原
「こんな風景、忘れていました。前に春が来たのは、まだ10代のころでしたから」


