第1話 「愛してる」と自動手記人形
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
「少佐の瞳があります、少佐の瞳と同じ色です」
「これを見たときの、こういうのを何というのでしょう?」
「以前、少佐の兄上に『おまえはギルベルトの犬だな』と言われましたので」
「私には、もともと親はおりませんので代わりも不要です」
「私は亡くなった子供の代わりにはなり得ません」
「ギルベルト少佐は、どうして私をここに置くのですか?私が腕を失って、武器としての価値がなくなったからですか?訓練さえすれば、私はまだ戦えます!」
「私は少佐の道具です。ですが、不要になったのなら、処分されるべきです。捨ててください、どこかに捨ててください」
「長時間の作戦には慣れています」
「『逃げて、自由に生きろ』と、それから、あ……」
「どうして分かるのですか? 先ほどの方の『愛してる』が、なぜ分かるのですか?」
「知りたいのです!『愛してる』を。知りたいのです。……少佐は最後の命令のあとに、その言葉をおっしゃいました。少佐から、その言葉が出たのは初めてでした。それは、どのような状態を意味するのか、私には理解できないのです」
「絶対!絶対、少佐を死なせません!」
クラウディア・ホッジンズ
「ここで幸せに暮らすことが、ギルベルトの望みなんだ。だから、分かったね?」
「ヴァイオレットちゃん、もう戦争は終わったんだ」
「で、命令だ。ヴァイオレット・エヴァーガーデン。ギルベルトは君を俺に託した。だから代わりに命令を下す。君はまだ役に立つ、働ける、ここでな」
「君は小さいころから、ずっと軍にいて、任務を遂行するだけの毎日を送ってきた。でも、これから君はたくさんのことを学ぶよ。だけど学ばないほうが、知らないほうが楽に生きられるかもしれない。君は自分がしてきたことで、どんどん体に火がついて、燃え上がっていることをまだ知らない。……燃えてるよ。いや、燃えてるんだ。俺はそんな君を見ていて、放置した。だからギルベルトに君を託された時、これは俺の機会だと思った。いつか、俺が言ったことが分かる時がくる。そして、初めて自分がたくさんヤケドしていることに気づくんだ」
「ギルベルトの命令にただ従っていた彼女が、初めて自分の意志を主張した。心を持たない道具と言われた彼女が『愛してるを知りたい』と言った」
ギルベルト・ブーゲンビリア
「生きるんだ、ヴァイオレット。君は生きて、自由になりなさい。……心から、愛してる」
代筆(カトレア)
「僕にはじめて優しくしてくれたのは、君だった。君が世界の全てだった。君のためなら、僕は何でもできた。君の気持ちが知りたい。君の心を分かりたい。今は離れているけれど、君のことを、愛してる」
第2話 「戻って来ない」
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
「『気に入らないから、代金を支払わない』は違法行為です。どこがどのように気に入らないのか、具体的かつ適切な指示を、速やかにしてください」
「理解不能です。依頼者の意図を最大限反映して文章を記しました」
「配達業務ではダメなのです」
「私は自動手記人形に不適格でしょうか?」
「『愛してる』を知りたいのです」
「それだけです。……特定の感情を表す言葉だと理解はしているのですが、少佐がなぜ私に向けて、突然その言葉を口にしたのか、知りたいのです。たとえ向いていなくても、私はこの仕事を続けたいのです」
「裏腹です。私はこの任務に向いてないと言ったのに、裏腹です」
「これです。少佐がくださったブローチです!」
クラウディア・ホッジンズ
「いやあ、いいとこの坊ちゃんのわりには、骨のあるヤツだったよ」
「あいつは、もう、戻って来ない」
カトレア・ボードレール
「言葉には裏と表があるの。口に出したことが全てじゃないのよ、人の弱いところね。相手を試すことで、自分の存在を確認するの。裏腹よね」
「あれを買い戻したから、今月のお給料なくなったのね」
エリカ・ブラウン
「何も辞めさせることはないと思います。彼女、ヴァイオレットは、タイプは正確で速いですし、宛名書きや名簿の作成といった業務はこなせます。そのうちもっといろんなことを知って、手紙も少しずつ書けるようになると思います。お願いします、辞めさせないでください」
「自動手記人形に向いていないのは、私のほうだ。だから彼女をあんなにムキになって、かばってしまったんだ」
「あの子と出会って実感した。忘れそうになってた自分の夢。埋もれてしまった自分の気持ち。オーランド夫人が書いた小説が、私の心を震わせたように」
「私もいつか、人の心を動かすようなステキな手紙を書きたい」
第3話 「あなたが、良き自動手記人形になりますように」
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
「任務中の食事は最小限にするよう、訓練されております」
「教官にも、私の代筆したものは、手紙とは呼べないと指摘されました。私は良きドールになれるのでしょうか?」
「ですが、それでは何のために学校へ通ったのでしょうか?確かに卒業がすべてではありませんが、人が話している言葉の中から、伝えたい心をすくい上げられないのでは、ドールの意味がありません」
「私はあの方に何を伝えたいのか、自分でも分からないのです。私はまだ、あの方が言ってくださった言葉の意味さえも、理解していないのですから」
「私は『愛してる』を知りたいのです」
「『良きドールとは、言葉の中から伝えたい本当の気心をすくい上げるもの』」
ギルベルト・ブーゲンビリア
「ヴァイオレット。いつか君にも、ライデンから見えるあの美しい景色を見てほしい」
ルクリア・モールバラ
「ステキでしょ?私は子どものころからずっと、この眺めが大好きなの」
「あなた毎回、手紙の最後に『少佐からの手紙はまだですか?』ってつけてるじゃない?本当に手紙を書きたい相手はその人じゃないの? 今日はその人に手紙を書いてみない?いつもの報告書みたいなのじゃなくって、あなたの素直な気持ちを込めた手紙を。最後まで付き合うから」
「心を伝えるって難しいね」
「私、お兄ちゃんに何を言えばいいか、分からないの」
「お兄ちゃんは無事に帰ってきた。私はお兄ちゃんだけでも生きてくれたことを喜びたかった。でも、お兄ちゃんはヘルネを守れなかったことを悔やんで、お父さんとお母さんが死んだのは、自分のせいだと思いこんでる。本当は、本当はただ、生きててくれるだけでうれしいの。……『ありがとう』って、伝えたいだけなのに!ずっと、言えない」
「でもお兄ちゃんに伝えようって考えるとダメなの。今まで何度も何度も伝えようとしたけど、でもダメなの。きっと、これからも」
「ずっと言えなかった、お兄ちゃんへの思い。ヴァイオレット、あなたが届けてくれたのよ」
「おめでとう!……それから本当にありがとう」
「時に手紙は、たくさんの美しい言葉を並べるより、ひと言だけで大切な気持ちを伝えることができるのです。私はドールにとって一番大切なことを彼女に教わった気がします。彼女はお人形のような服装で、ちょっと軍人さんみたいで、ちょっと変わったとってもステキな女の子でした」
ローダンセ教官
「手紙とはそもそも人の心を伝えるもの。良きドールとは、人が話している言葉の中から、伝えたい本当の心をすくい上げるものです」
「良きドールとは、人が話している言葉の中から伝えたい本当の心すくい上げるもの。あなたは今、その一歩を踏み出したのです。ヴァイオレット、あなたが良きドールになりますように」
代筆(ヴァイオレット)
「お兄ちゃん。生きていてくれてうれしいの。ありがとう」
第4話 「君は道具ではなく、その名が似合う人になるんだ」
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
「それは『本当は分かっていない』という『分かっている』ですね?」
「悪くはありません。価値のある何かが存在すると、事件や略奪が起こります。ライデンシャフトリヒ北東部には、鉄や銅といった資源があったため、ガルダリク帝国が侵略行為に及びました」
「私の負傷がなぜアイリスさんの責任になるのでしょう?」
「謝罪とは自らの責任を認め、相手に許しを請う行為です」
「お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」
「虚偽の依頼ですね。契約書にも書かれておりますが、匿名および虚偽の依頼は受け付けておりません。失礼いたします」
「それに、根拠は判然としないのですが、……この景色が、大したもてなしという言葉にふさわしい気がします」
「申し訳ありません。少しは理解できるようになったと思っていたのですが、人の気持ちはとても複雑で繊細で、誰もがすべての思いを口にするわけではなく、裏腹だったり、ウソをつく場合もあり、正確に把握するのは、私にはとても困難なのです。本当に申し訳ございません」
「『愛してる』はとても勇気のいる言葉なのですね。受け入れらないと、そこにいたくなくなるくらいに。あの時の少佐も、そうだったのでしょうか?」
「私は少佐の『愛してる』が知りたくて、ドールになったのです」
「手紙だと伝えられるのです。素直に言えない心の内も伝えられるのです」
「私、いい手紙、書きました」
アイリス・カナリー
「ごめん。…………そのあんたは、無事じゃ済まなかったわけで」
「あんたって、ホント人の気持ちが分かんないのね!」
「顔をあげて。あんたに悪気がないのは分かってる。私だって、いつもちゃんと人の気持ちが分かっているわけじゃないもの」
「もう消えたくなっちゃった。ここにいたくなくなって、文章書くのなんて苦手だったのに、必死に勉強して、ライデンの街に出てドールになったわけよ」
「分からないと思っていたヴァイオレットのことが、少しだけ分かった。この子の言う少佐が、軍隊しか知らないこの子に愛を与えたのだと。そして、この子はそれが何かを一生懸命探している、この子なりに」
「いい手紙だった。伝わったよ、あんたの書いてくれた手紙。いい手紙だったから」
「私ね、この花が満開になったときに生まれたの。だからお父さんとお母さんは、私はこの名前をつけてくれた」
代筆(ヴァイオレット)
「お父さん、お母さん。パーティーを台なしにしてごめんなさい。招待客の方たちには私からおわびの手紙を手紙を出します。それから『私に仕事を依頼してくれてありがとう。本当はこれが初めての指名だったの。だからすごくうれしかった。仕事は大変なこともあるけれど、自分の決めたことだから頑張ってみる。小さいころから心配ばかりかけてごめんね。でも、もう少しだけ私を見守っていてください。これが未来のライデン一の人気ドールから、大好きなお父さんとお母さんに送る、記念すべき第1通目の手紙です』」
ギルベルト・ブーゲンビリア
「じゃあ、私が名前をつけていいか?………………ヴァイオレット。ヴァイオレットだ。成長すれば君はきっとその名前にふさわしい女性になる」
「君は道具ではなく、その名が似合う人になるんだ」
第5話 「人を結ぶ手紙を書くのか?」
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
「申し訳ございません。孤児なので、自分の正しい年齢が分かりません。ですが大体14歳ぐらいだろうと聞かされております」
「恋愛はしたことがありません。しかし、古今東西の文献にあたり統計的に分析はしております。それから判断すれば、歳の離れた夫婦や恋人はたくさんいます。世間的にいえば、特に年齢の垣根はないのでは?」
「『愛』ということについて考えております。愛も愛がない結婚も、現時点では十分な情報と理解が足りず、返答できません」
「シャルロッテ様は、あちらのお返事に満足されていないようですね」
「『本当の気持ちが知りたい』?」
「我々、自動手記人形はお客様にとっての代筆のドール。役割以外の仕事はいたしません。ですから、これからすることは私の出すぎた行為です。弊社CH郵便社とは無関係だとご承知ください」
「あなたの涙を止めてさしあげたい」
「次は、あなたが手紙を書いてください。あなた自身の言葉で」
「恋が実りました」
「それが借りの代償ということでしょうか?……了解しました」
「良い結婚日和です」
シャルロッテ・エーベルフレイヤ・ドロッセル
「代筆屋、すべてはお前の腕にかかっています」
「おまえ、本当に人形みたいだわ」
「悪かったわ。謝罪を受け入れてくれるかしら?代筆屋」
「何なの?おまえは!今までどんなふうに生きてきたのよ!会話がうまく成り立たないじゃない。わたくしよりお前の今後のほうが心配よ!それと、もう少し表情豊かに話せないの?」
「お前はわたくしのものよ!おまえが母上の腹からわたくしを取り上げて、おまえがわたくしを育てたのよ!…………少なくとも、わたくしはおまえのものだわ!」
「ただ、わたくしが一度だけお会いしたダミアン様は、あんな言葉を使う方ではないの」
「あの方は、ありのままでわたくしに話かけてくれた。たった、それだけ。だけど、わたくしは、わたくしにはそれが、とても嬉しかったの」
「わたくし、この婚姻が嬉しくてしかたないの。だけどあの方はどうなのかしら?本当は心に決めた方がいらしたのではないかしら?年だって10も離れているわ。お話が合わないかもしれない。だって、わたくしなんて、ただの泣き虫な娘よ。アルベルタもいない異国でもし嫌われてしまったら……あんな手紙の内容は全部ウソ。本心が見えないわ。わたくしは、あの方の本当の気持ちが知りたいの」
「ヴァイオレットにも、婚礼衣装を見てほしかったわ」
「ダミアン様のもとへ嫁ぎたい。……でも、国を離れるのはイヤ。……でも、本当にイヤなのに、ほかの誰でもなくお前と離れることなのよ。アルベルタ」
アルベルタ
「わたくしは宮廷女官です。わたくしの身は王宮のものであって、シャルロッテ様のものではないのです」
「いいえ、おそばにおります」
「姫。…………幸せにおなりなさい、シャルロッテ姫」
ディートフリート・ブーゲンビリア
「俺の仲間を、何人も殺した貴様が、手紙か?多くの命を奪ったその手で、人を結ぶ手紙を書くのか?」
第6話 「どこかの星空の下で」
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
「最初は任務だと思っておりました。ですが、いろいろなお客様のもとでその思いを紡ぐ。そして、時にこのような古い書物を書いた方の考えを受け取って、それを書き記すというのは、とても特別ですばらしいことだと思えるようになりました」
「果たして、私はそのようなすばらしい仕事にふさわしいのでしょうか?」
「私も孤児です。それに、私は皆さまがおっしゃるようなろくな生き方もしておりません。文字を覚えたのもここ数年です。もし生まれや育ちで、会話をする相手が限られるのでしたら、私には関わらないほうがよいかと思います」
「習性です。食べている時と寝ている時というのは、無防備です。敵への反応が遅れます」
「旦那様は、お母さまのことがとても大切だったのですね」
「『寂しい』というのがどんな気持ちなのか、私には理解できないのです。どういう気持ちなのかは分かっても、それが自分に生じているのかが分かりません」
「それが『寂しい』? 私は、あの方と離れて寂しいと感じていた」
「私にとってあの方の存在は、まるで世界そのもので、それがなくなるくらいなら、私が死んだほうがいいのです」
リオン・ステファノティス
「その時、俺は学んだんだ。恋愛というのは、人をそんなふうなバカにおとしめてしまう。だから俺は」
「じゃあその人を思い出すことはないか?……会えない日が続くと、胸がグッと重くなったりしないか?……ハハッ、それが寂しいってことだよ」
「それじゃあ、まるで……まるで……ハッ!そうか、おまえ、そいつのこと、愛して……」
「俺たちはもう二度とあれに出会うことはできない。人生でたった一度きりの出会いなんだ」
「でも、今決めた。俺もおまえと同じように大陸中を回る。危険な目に遭うかもしれない、命を落とすかもしれない、でも、でも、俺はその道を選ぼうと思う。そしたら、いつかきっと、どこかの星空の下で会うことがあるかもしれない、同じ旅人同士だ、ヴァイオレット・エヴァーガーデン!その時は、また一緒に星を見てくれるか!なあ!ヴァイオレット・エヴァーガーデン!」
「もう一度、あの彗星を見上げるほどの確率だろうか? それでも俺はためらうことはないだろう。閉じ込められていた扉の向こうに歩き出す勇気を、彼女がくれたのだから」

